2010年10月13日

日進市の不思議スポット五色園




紹介文より
愛知県日進市の五色園に行ってきました。
大きな墓地と大きなお寺があり一般的霊園ですが、敷地のあちこちにいるんな石像があっ-てちょっと怖いですw
posted by 珍スポット&B級スポット at 06:28| Comment(0) | 愛知県【名古屋市以外】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

軍艦島







島行きフェリーターミナル・軍艦島クルーズ乗り場が目の前。

WIKIより
建造物(住宅等)の一覧

「建設年代」は、大正時代を赤、昭和(戦前・戦中)を緑、昭和(戦後)を青で色分けしている。「構造・階数」の背景色は木造を赤、鉄筋コンクリート造(RC造)を青、その他を緑とし、「建物用途」は上記の図に同じ。

建物名 建設年代 構造・階数 建物用途 住居戸数・増築歴・内部の公共施設・倒壊の有無
1号棟 1936年
(昭和11年) RC+木造1F 端島神社 拝殿は木造(全壊)、本殿と境内はRC造(現存)
2号棟 1950年
(昭和25年) RC造3F 職員社宅 9戸
3号棟 1959年
(昭和34年) RC造4F 職員社宅 20戸。内風呂あり(集合住宅では3号棟のみ)
5号棟 1950年
(昭和25年) 木造2F 鉱長社宅 1戸。内風呂あり。ほぼ全壊
6号棟 1936年
(昭和11年) 木造2F 職員合宿 全壊
7号棟 1953年
(昭和28年) 木造2F 職員クラブハウス ほぼ全壊
8号棟 1919年
(大正8年) RC+木造3F 職員社宅 4戸。1階に共同浴場
12号棟 1925年
(大正14年)以前 木造+鉄筋3F 職員社宅 3戸。半壊
13号棟 1967年
(昭和42年) RC造4F 町営住宅(教職員用) 12戸
14号棟 1941年
(昭和16年) RC造5F 職員社宅(中央社宅) 15戸
16号棟 1918年
(大正7年) RC造9F 鉱員社宅(日給社宅) 66戸。1階に外勤詰所
17号棟 1918年
(大正7年) RC造9F 鉱員社宅(日給社宅) 54戸。屋上に簡易遊園地
18号棟 1918年
(大正7年) RC造9F 鉱員社宅(日給社宅) 50戸。屋上に農園
19号棟 1918年
(大正7年) RC造9F 鉱員社宅(日給社宅) 45戸。屋上に弓道場
20号棟 1918年
(大正7年) RC造7F 鉱員社宅(日給社宅) 26戸
21号棟 1954年
(昭和29年) RC造5F 鉱員社宅 15戸。内部に警察派出所
22号棟 1953年
(昭和28年) RC造5F 町営住宅(公務員用) 12戸。1階に町役場端島支所
23号棟 1921年
(大正10年) 木造2F 寺院(泉福寺) 6戸。1階は社宅、2階が泉福寺。ほぼ全壊
25号棟 1931年
(昭和6年) RC造5F 職員社宅 6戸。2階に宿泊所。スナック「白水苑」・旅館「清風荘」も
26号棟 1966年
(昭和41年) プレハブ2F 下請作業員飯場(旧船頭小屋) 8戸。全壊
30号棟 1916年
(大正5年) RC造7F 下請飯場(旧鉱員社宅) 140戸。竣工時は4階建て(その後まもなく7階建てに増築)。日本最古のRC造アパート
31号棟 1957年
(昭和32年) RC造6F 鉱員社宅 51戸。1階に端島郵便局、地下に共同浴場。2階部分をボタ捨てベルトコンベアが貫通
39号棟 1964年
(昭和39年) RC造3F 町立端島公民館
48号棟 1955年
(昭和30年) RC造5F 鉱員社宅 20戸。地下にパチンコ屋・雀荘など
50号棟 1927年
(昭和2年) 鉄骨レンガ造2F 映画館(昭和館) 閉山までの数年間は卓球場。1991年の台風によりほぼ全壊
51号棟 1961年
(昭和36年) RC造8F 鉱員社宅 40戸。地階に個人商店
56号棟 1939年
(昭和14年) RC造3F 職員社宅 6戸
57号棟 1939年
(昭和14年) RC造4F 鉱員社宅 8戸。地下にピロティ商店
59号棟 1953年
(昭和28年) RC造5F 鉱員社宅 17戸。昭和40年代、屋上にプレハブ1階分を増築。地下に生協の購買所(60号棟地下と連結)
60号棟 1953年
(昭和28年) RC造5F 鉱員社宅 17戸。昭和40年代、屋上にプレハブ1階分を増築。地下に生協の購買所(59号棟地下と連結)
61号棟 1953年
(昭和28年) RC造5F 鉱員社宅 17戸。昭和40年代、屋上にプレハブ1階分を増築。地下に共同浴場
65号棟 1945年
(昭和20年) RC造9F 鉱員社宅 317戸。竣工時は北側の棟のみ、7F建て(1947年から1958年にかけて増築)。屋上に幼稚園。端島で最大のアパート
66号棟 1940年
(昭和15年) RC造4F 鉱員合宿(啓明寮)
67号棟 1950年
(昭和25年) RC造4F 鉱員合宿 48戸
68号棟 1958年
(昭和33年) RC造2F 高島鉱業所端島病院(隔離病棟)
69号棟 1958年
(昭和33年) RC造4F 高島鉱業所端島病院
70号棟 1958年
(昭和33年) RC造7F 町立端島小中学校 1961年に7階部分を増築(鉄骨)
71号棟 1970年
(昭和45年) RC造2F 町立端島小中学校体育館 1階が武道場・給食室、2階が体育館
ちどり荘 1958年
(昭和33年)以降 木造2F[46] 教員用住宅 6戸。RC造2Fとする資料も
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廃墟賛歌 軍艦島オデッセイ 〜廿世紀未来島を歩く〜





紹介文より

『軍艦島』 -Gunkanjima-
その外観が戦艦に酷似していることから
そう呼ばれるようになった。
長崎県の南端、野母半島の海岸から
約4kmの海上に浮かぶ、
長尺480m、短尺160m、
周囲1.2km、島高47.5mの
半人工の海上炭鉱遺構
「端島(はしま)」の俗称です。

この映像は08年12月12日に発売されたDVD、
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廃墟賛歌 軍艦島オデッセイ 
〜廿世紀未来島を歩く〜
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から抜粋されたサンプル映像です。
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軍艦島(端島)




35年ぶりに一般公開された端島(通称軍艦島)


WIKIより

長崎港から南西の海上約17.5キロメートルの位置にある。旧高島町の中心であり同じく炭鉱で栄えていた高島(の南端)からは南西に約2.5キロメートルの距離にあり、長崎半島(野母半島)からは約4.5キロメートル離れている。端島と高島の間には「中ノ島」という小さな無人島があり、ここにも炭鉱が建設されたが、わずか数年で閉山となり、島は端島の住民が公園や火葬場・墓地として使用していた。そのほか端島の南西には「三ツ瀬」という岩礁があり、端島炭鉱から坑道を延ばしてその区域の海底炭鉱でも採炭を行っていた。
posted by 珍スポット&B級スポット at 21:43| Comment(0) | 軍艦島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[廃墟]軍艦島を歩く color version




秋に上陸したときの写真です。ポジフィルムをスキャンしてみました。とのこと。
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九州遺産 軍艦島




軍艦島 それは、産業遺産の王様。
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世界遺産暫定リスト入りが決まった長崎・軍艦島




紹介文より
世界文化遺産への推薦に向けた国内暫定リスト入りが決まった長崎市の軍艦島(正式名・-端島)。長崎港から南西19キロ沖。海底炭坑で栄えたが、閉山で74年に無人となった-。かつて5千人以上が暮らしていた高層住宅群は風化が進んでいた。
※「Channel ASAHI」にアップロードされている動画の改ざんや、朝日新聞社の許可なく商用・営-利目的で利用することを禁じます。


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軍艦島




WIKIより
端島(はしま)とは、長崎県長崎市(旧高島町)にある島である。かつては海底炭鉱によって栄え東京以上の人口密度を有していたが、閉山とともに島民が島を離れ、現在は無人島である。軍艦島(ぐんかんじま)の通称で知られている。
posted by 珍スポット&B級スポット at 21:38| Comment(0) | 軍艦島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする